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広島高等裁判所岡山支部 昭和58年(う)99号 判決

本籍

岡山県倉敷市連島町亀島新田一、九六七番地の五

住居

同市中 五丁目三番二〇号

畜産業

平井深

昭和一一年四月二一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五八年七月一八日岡山地方裁判所が言渡した判決に対し、検察官から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は検察官武内竜雄出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月及び罰金三、〇〇〇万円に処する。

本裁判確定の日から二年間、右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

本件控訴の趣意は、岡山地方検察庁検察官藤原彰名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人黒田充治名義の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

検察官の論旨、量刑不当の主張は要するに、原判決は、被告人を罰金三、〇〇〇万円に処したが、被告人の本件ほ脱犯行は、仮名の預金で所得を秘匿するなど、手口は巧妙で、脱税額も一億四千万円余の高額で、ほ脱率も高いなど、犯情は極めて悪質であることに照らし、また、他の同種事犯の科刑と対比して、右量刑は著しく軽きに失し不当であるから、破棄のうえ、更に適正な裁判を求める、というのである。

よつて、本件記録を調査し、当審での事実調の結果をも併せ検討するに、本件は、昭和四七年八月倉敷税務署係官による有限会社平井精肉店に対する税務調査の際、被告人が個人として正規の免許を受け、個人事業として営んでいた平井畜産の所得を、右税務署係官から、被告人の再三の弁明にかかわらず、強硬に、右法人の所得とするように指導されたことから、被告人がこれに強く反発し、以来、給与所得等の一部所得の届出を除き、本件に至るまで八年余の間、個人の畜産所得等を申告せず、原判示のほ脱に及んだという事案である。その犯行状況は同判示認定のとおりであり、被告人も同犯行を認めているのであるが、右不申告期間が示すとおり、被告人は長期間にわたつて、所得税の支払を免れており、本件のほ脱額はその一部にすぎないのであり、それでも一億四、一二三万円余の高額に達しているのであつて、被告人は、右ほ脱により得た所得金員を仮名の預金としたり、更に、所謂、マル優の三〇〇万円の枠をこえて、預金先金融機関に指示して、多額のマル優定期預金をこえさせるなど、利子税の脱税をも敢行していたものである。

被告人は、右長期間の納税不申告の理由として、前示係官の所得に関する指導を公的なものと考え、平井畜産の所得について、税務署側の法人所得申告から個人所得申告への方針の変更も、自己に対し公的明確なものを要求し、これが今日まで無かつたとして、所得申告をしなかつた事情が認められ、記録上窺える前示昭和四七年八月の税務調査の際の諸状況に照らして、被告人が右の態度をとるに至つた心情は理解できなくはないのであるが、翌四八年春頃、右税務署係官から、被告人の委嘱税理士を通じて平井畜産の所得は被告人個人の所得として申告してよい旨の表明が被告人になされており、従前の、法人所得としての申告でないと受付けない旨の見解は、一応、公的に撤回されたのであるから、以後、被告人としては、平井畜産での個人所得として、支障なく申告できたのであり、また、右税理士や妻からも、再三にわたつて右の申告をするよう懇請されたのにもかかわらず、被告人は、自己に対する直接的な税務当局の見解表明を求めて、不申告の態度を固持し、結局本件犯行に至つたのである。

以上の経緯に鑑みると、被告人の本件ほ脱犯行は、前示のような税務当局との事情はあるにしても、被告人の不相当の頑固さに基因するものが認められるほか、前示の仮空及びマル優制度悪用の預金状況に照らして、利慾的意図も窺えるのであつて、ほ脱期間が長期にわたつていることや本件ほ脱金額が高額であること、ほ脱犯に対する厳しい社会的非難性などを併せ考えると、被告人の本件犯行を罰金刑のみによつて処断するにはいささか軽きに過ぎるものがあり、懲役刑をも併科処断されるも、やむを得ないのであつて、前示のごとき被告人と倉敷税務署との確執事情は、量刑事情として適切に考慮することが相当と思料される。結局、原判決は量刑不当として破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、当裁判所において、直ちに次のとおり判決する。

原判決が認定した罪となるべき事実、その適用にかかる各法条(各判示事実につき、いずれも懲役刑と罰金刑を併科)並びに、刑法四七条本文、一〇条(原判示第二の罪の懲役刑に加重)、同法二五条一項を付加適用し、前示諸般の情状により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野曽原秀尚 裁判官 萩尾孝至 裁判官 横山武男)

別表

〈省略〉

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